お侍様 小劇場
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   “冬の朝 ほのぼのと” 〜寵猫抄より


この冬は久方ぶりに冬らしい寒さに襲われており、
暖冬気味のややこしい冬が続いていたからそう感じるだけかと思いきや、
記録的にも、随分な極寒に見舞われている年末年始と相なって。
日本海側には途轍もない豪雪をもたらしている寒気は、
時折 南下もしては平野部へまで意地悪な雪を降らせたほどだったものだから。
東京にお住まいの島田せんせえのお宅でも、
これは今年のお出掛けは止した方が良かないかと、
毎年続けている知人の営む温泉宿への逗留が、少々案じられた年末だったものの。
そちらは何とか、豪雪被害の圏内には含まれずの問題はないぞと、
わざわざご連絡をいただき、
それならばと例年通りのお出掛けもなして、
旅先にての、上げ膳据え膳というちょっぴり贅沢な年越しを過ごしておいで。

 “……お?”

和紙に漉き込まれた竹林の模様が白々とした明るさを満たしており、
窓辺の障子がそこまで明るむほど、
もうすっかりと夜が明けていることを知らしむる。
わざわざ窓まで立って行っての見やるまでもなく、
昨夜からちらほらと降り始めていた雪が音を吸うのだろ、
どこかしっとりした感触の静謐が、
いかにもな冬の冴えた朝の訪のいを伝えており。
なかなかに重厚な日本家屋でありながら、
それでも宿という商い上、空調も完備された離れではあるけれど。
そういう機器に頼るのは好かぬ御主様が、
寝しなにエアコンのスイッチを切っていたため、
早朝の室内は冷たい空気に満たされており、

 “自宅より寒いところだって判っておいでなんだろか。”

しかもしかも、どちらかといや勘兵衛の方が寒いのは苦手なくせにと。
二人分の体温で、ぬくぬくと暖められた布団の中、
自分は平気だが、はてさて…どうなさるのでましょ?という、
微妙に悪戯な苦笑を浮かべた七郎次であったのだが。

 「………みゅう。」
 「お。」

随分と間近から届いた可愛らしい一声には、
こちらさんも実はまだ とろとろと微睡んでいたお兄様、
それは素早くその意識をくすぐられ、
伏せられていた瞼をとっとと引き上げる俊敏さを発揮。
通には名の知れた旅亭の、しかも離れという場所柄、
それはそれは静かな室内だったので、
どっちから聞こえたかははっきりしており。
それでもついつい左右を見回せば、
一体いつの間にもぐり込んだやら。
そちらは念のためにとタイマーで暖房をかけておいた、
隣りの次の間に寝かしつけたはずの、
連れの愛らしい幼子が。
ほわほわでやわやわな身を二人の大人の狭間に割り込ませ、
お団子みたいに丸まって、
そりゃあまろやかな寝顔で眠りこけているではないか。

 “隣りの方が暖かいのだろうにね。”

すべらかな頬はふくふくとやわらかそうで、
繊細な線に縁取られた白い額には、金の綿毛が軽くかぶさっており、
あるかなしかの陰が、目許の淡い輪郭をますますのことけぶらせている。
しっとりした緋色の口許は、
唇が薄く合わさっている加減が何とも絶妙で。
こ〜んな小さいのになぁんて色っぽいんでしょと、
七郎次の胸中へ親ばかな萌えを早くも抱かせているほどで。
そんなお顔の間近まで引き寄せられてた小さなお手々が、
ふるとかすかに動いたのへ、

 「………久蔵? どした?」

お腹が空いたのかな? それとも寒かったのかな?
何と言っても身体の小さな幼子だから、一度に食べられる量は知れている。
ゆえに、大人と同じペースでの食事間隔ではいられぬはずで。

 「帳場へ“起きました”って知らせるから、もちっと待っててね。」

朝ご飯、運んでもらおうねと、
むくりと…それでも布団をめくり切らぬように気をつけながら身を起こし、
温みの残る寝間に愛し子を残して立ち上がるところは、
もうすっかりとお母さんモード。
そこへ、

 「勘兵衛様も、よろしいですね?」

気づいてないと思ってんですか?との意を含ませた口調にて、
そうと付け足すところが、やっぱり奥の深い古女房。
深い寝息を紡いでいたはずの壮年が、
こちらもやっぱりそれは速やかに目を開けた辺り、
熟睡の態を装いながら、その実 狸寝入りだった模様とあって。

 「寒いようだの。」
 「ええ。雪が積もってもいての明るさだと思われますよ。」

エアコン点けますねと、
寝巻きから室内着へ手早く着替えを済ましたそのまま、
床の間の隅、帳場に通じているインタフォンへと、
立ってゆく金髪の秘書殿を見送っておれば。

 「…………みゅう、」
 「そうかそうか。まだ眠いか。」

すぐの間近で、小さな存在が優しい温みを擦り寄せてくるのへと促され。
すまんすまんと、肩回りが少しはだけられた布団を掛け直す勘兵衛で。
色白なお顔によく馴染む、玉子色の細編みニットのカーディガン、
布団の陰へと覆われるのを見届けながら、

 “あ・でも、仲居さんとかからは嫌がられないかなぁ。”

自分たちには何にも替え難い、
それはそれは愛しい和子にしか見えない坊やだが。
他の人からは、キャラメル色の毛並みをした、
メインクーンという種の仔猫にしか見えないらしいという不思議な子。
ペットを布団で寝かせるなんてと、
常識のないことよと眉を顰められかねないかしらと、
今になって感じたと同時。
今の今までそんなことを感じないでいられた理由へも、
七郎次は小さく吐息を一つつく。

 “…時々、口惜しいんだよね。”

仔猫としての愛らしさもさることながら、
淡雪やマシュマロのような、ふんわりと頼りない柔らかさでこしらえられた、
お顔や手足、薄い胸元、小さな肩、頼りないお膝などなどの、
(いとけな)さとか愛くるしさとか。
甘えるとき微笑うときの、蜜を染ませたようなお声に、
あとあと、最近芽生えて来た、
一丁前に拗ねたり怒ったりするおませさんなところとか。
どこのお子様にだって負けないくらい、
誇りたいほど善い子だし、
自慢して回りたいほどの可愛い子なのにね。

 「…ん? いかがした?」

そんな和子から何かしら話しかけられたものか、
ほのかに目を見張ると、
自身の胸元のぞき込み、まろやかなお顔になっている勘兵衛なのを見やって、

 “………ま、いっか。”

そうまでの眼福を、だってのに私たちだけで独占出来ていると、
そういう解釈をすりゃあいいだけのこと。
甘やかな笑みに目元をたわめ、
にゃあぁんと そりゃあ幸せそうに微笑う様へ、
どうだ我らにはここまで愛らしい愛想を振ってくれるのだぞと、
傍目には乙に澄ましておいて、こっそりと悦に入っていればいいのだと、
ぬけぬけ言った勘兵衛だったの思い出し。
……ついでに

  ―― そんな腹積もりを隠し切れるほど、
     立派におタヌキ様なのがうらやましい

なんてことを思ったことまで思い出してしまったものだから、
ついついほころぶ口許押さえ、

 「お部屋が暖まったら着替えてくださいませね。
  朝餉を運びに、じきにお越しになりますよ?」

そんなせずとも掛けられように、
インタフォンの受話器を持つと、
そのまま壁のほうを向いてしまった敏腕秘書殿なのへ、

 “何を隠しての誤魔化しなのやら。”

そのくらいは、
それこそ付き合いの長さからあっさり判る勘兵衛が、
こちらもまた苦笑を押し隠し、
寝ぼけ眼で見上げてくる仔猫様の綿毛をなでてやった、
旅先での朝ぼらけ一景でございます。





   ◇ おまけ ◇


年またぎの晩までに、生体保つための月夜見様の光を得なければならぬ身。
とはいえ、人の和子との同居という生活を送り続けており、
しかも まだまだ幼い仔猫という姿へ身をやつしている関係で、
そうそう勝手にふらふらと出歩けぬし、そもそもそうしようともせぬ久蔵へ。
代理で御杜から“御光珠”を預かって来てくれる、朋輩の兵庫だというのも、
もはや例年の運びとなりつつあるようで。

 《 ………何だ、その格好は。》

早めに寝付いた仔猫さんから
家人のお二人がそっと離れてくれたのを幸いに、
それでも結構な深さの夜陰の闇が、
びろうどのような厚みもて、片田舎の夜更を満たすただ中。
その存在を支える月夜見に照らされながら、
古風な旅亭の瓦屋根の上にて相棒を待っていた黒髪の君が。
やっと現れた相方の姿へ少々呆気にとられてしまう。
彼らの常の衣紋はというと、
更紗か絹かという小袖を幾重にも重ねたその上へ、
足元まであろうかという裾長の、厚絹の表着を羽織った恰好。
そこへ、寒い頃合いならば外套を重ねる程度といういで立ちであるはずが、

 《 ? (おかしいか?) 》
 《 …暖かそうではあるがな。》

大邪大妖の討伐前提、よって戦さ装束でもある日頃の常着だってのに、
そのような…鋭にして物騒でもある装いの上から、
玉子色の裾長のニットジャケット、
今時はやりのポンチョ風を重ね着するのはどうかと。
え? フードつき?
絞るための紐の先には白いボンボンもついてるって?
……いやいやいや、
どこかがめくれているとか、
そういう意味合いの“おかしい”ところはないから、と。
この、斜め着地しか出来ぬ相棒のお陰様、辛抱も随分と養われた兵庫殿が、
丁寧にも咬み砕いた言いようで落ち着かせてから、

 《 そのいで立ちはもしかせずとも、あの秘書殿が編んだ代物だろうが。》

これまでだって、
相手の繰り出す攻勢の尋や間合いを恐れもせずの特攻だの、
退治した邪妖からの返り血をうっかり舐めるだの、
危ないことも さんざんし倒しのへ肝を冷やしたり。
逆に、無辜の幼子と一緒くたになって、
敵の罠なの見え見えな甘いあめ玉に群がりに行きかかるのを、
首根っこ捕まえて制したり。
この男がどういう言動をしようが、もはや驚きはしない…と、
ともすりゃあ高をくくっていたけれど。

 “どうしてこうも、その上をゆくことを次から次へと。”

しでかす奴なんだかなぁと、
今回は微笑ましい分野ではあったれど、
思いも拠らぬ驚きをもたらした存在へ目許を眇めて相対し、

 《 人の子の着物を、まとったままでおれるとはの。》
 《 ……?》

あの金髪の若い美丈夫殿が、
まろやかな甘え声を出しては、
大事な大事な御主様と仲睦まじく戯れる小さな仔猫のため、
カーディガンだのちゃんちゃんこだの、
真心込めて編んでやっているのは知っていたし。
不思議な組成の糸なのか、
仔猫のままの大きさには羽織っても落とすだけのサイズとなるはずが、
きちんと着込めて、
しかもどなたさんの目にも不自然なく映る出来となっており。

 《 この姿へも羽織ったままでおれるとはな。》

これだけはその当時者の七郎次へも伝える訳にはいかないが、
なんの、こやつがこうまで嬉しそうなお顔でいるくらいだ、
そんな余波が多少は及ぶなら、それをもって還元としていただこうと。

 《 ??? 》

時折 舞っていた雪の狭間に差した月光浴びて、
白い顔容を鮮やかに輝かせつつも、
愛らしい型の手編みのポンチョがお似合いの大妖狩り様。
小首を傾げるとますますのこと愛らしさが増すが、
その実、鬼さえ逃げ出す凄腕な同僚へ、
とりあえず、御光珠を補給せよとお使いの生気を渡しつつ、
苦笑を耐えるのが大変だったらしい兵庫さんだったようでございます。






   〜Fine〜  2011.01.09.


  *女子高生や砂漠のあらびあんに押されたか、
   こちらの更新が少々間延びしておりましたね。
   とはいえ、こっちはこっちで別部屋のおまけに顔を出していて、
   (註;本館わんぴの“天上の海〜”シリーズです)
   相変わらず楽しくてしょうがないのですけれど。
(笑)
   やんちゃさも見せるよになって来た仔猫様、
   今年もどうぞよろしくですvv

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メルフォへのレスもこちらにvv


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